top of page

​研究内容

​これまでの主な研究成果

 種分化の原因の一つに、同じ場所に棲む複数の生物種がお互いに交配できなくなる「生殖隔離」が存在します。これまで特に昆虫や両生類などにおいて、フェロモンと受容体の遺伝子が変化して新しい種ができるという仮説が提唱されてきましたが、未だ明確な結論は出ていません。その主な理由として、これらの生物ではフェロモンが複雑な化学物質であったり、受容体の遺伝子が同定されていない種が多いことが挙げられます。また実験室での研究 (遺伝子操作による人為的改変など)が容易でないことが、この証明をさらに難しくしています。そこで私は遺伝子操作の容易なモデル生物である分裂酵母Schizosaccharomyces pombeに注目し、この仮説を実験で証明しようと研究を進めています。

 分裂酵母にも動物と同じく2つの性 (交配型:Plus型とMinus型)があります。2つの交配型細胞は外見からは見分けることができませんが、それぞれが異なるフェロモンを分泌し、異性細胞間でフェロモンをやりとりすることにより交配します。私はこれまで、M型細胞から分泌されるフェロモンとその受容体を協調的に改変することにより、野生型から生殖隔離された分裂酵母の新しい生殖群を創ることに成功しました (Seike et al., PNAS, 2015)。

 

 まず、第1段階ではフェロモンに網羅的に突然変異を導入し、152種類の変異型株を作製しました。その中から、野生型受容体に認識されなくなった変異型フェロモンを35種発見しました。面白いことに、それらは全てフェロモンのC末端側のアミノ酸が置換されていました (Seike et al., Genetics, 2012)。次に、第2段階では受容体にランダムに突然変異を導入し、変異型フェロモンのいずれかを認識し、かつ野生型フェロモンは認識しないような変異型受容体を大規模なスクリーニングから発見しました。変異型受容体は、第6番目の膜貫通ドメイン内にあるアミノ酸が変化していました。こうしてできた変異型細胞と野生型細胞の4種の細胞を混合し交配させたところ、野生型細胞同士、変異型同士では子孫が出現するのに対し、それ以外では全く出現せずに、新しい交配型細胞は野生型細胞とは遺伝子のやりとりを行っていないことが分かりました。こうして、私はフェロモンと受容体の遺伝的な変化が生殖隔離を引き起こすことを分裂酵母を用いて証明することに成功しました。遺伝子交換をしない2つの生殖群は、生物学上「異なる種」と見なされることから、野生型細胞から生殖隔離されたこの新しい交配型細胞は、「人為的に創出された新種」であると考えることができます。この成功により、フェロモンなど雌雄の識別の遺伝的な変化が自然界でも生殖隔離を引き起こし、種分化の原因になっていることが強く示唆されます。

 自然界ではフェロモンと受容体の遺伝的な変化はどのように生じるのでしょうか? フェロモンもしくは受容体への変異は通常、交配能力の低下を引き起こすため、これらの2つの遺伝子が同時に変化 (=共進化)する必要があります。この遺伝学的な変化が生殖隔離、そして種分化の原因になってることは自然界でも十分考えられるシナリオです。次に、私は世界各地から単離された野生の分裂酵母を解析することにより、M型フェロモンは厳密に保存されているが、P型フェロモンは極めて多様化していることを発見しました (Seike et al., PLoS Biol., 2019)。この非対称なフェロモン認識システムは、酵母が同種間の交配を維持しつつも、フェロモンを変化させるのに貢献していると考えられます。最近、S. pombeの近縁種Schizosaccharomyces octosporusとの種間比較解析により、M型フェロモンは種特異的に作用する一方でP型フェロモンは種を超えて作用すること、M型フェロモン受容体の第6番目の膜貫通ドメインがフェロモンの受容に重要であることを示しました (Seike et al., Genetics, 2021)。

 

 今後は、この2つの異なる「鍵-鍵穴」システムの分子的な仕組みを探り、フェロモンがどのように多様化するかという謎に迫ります。その一つとして、私はショウジョウバエの体内に注目しています。ハエの体内では酵母の胞子形成が促進される報告もあり、昆虫の腸という特異な環境と酵母のフェロモン多様性との関係を調べています。こうして酵母の生態を広く調査することで、野生酵母の進化・多様性を理解したいと考えています。

bottom of page